第二目 学者 1 國学者 森長見 (堀江) |
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多度津藩の家臣で万治年の頃(堀江に居を構えていた)藩務の余暇を見ては、皇漢(日本や中国)の書物を研究していた。そのうちで中国史に最も精通し、天明7年(1787年)に、国学「忘れ貝」3巻を著わし、これを世間に伝えた。 墓は、北鴨・道隆寺裏門より入って右側に潜徳院(多度津藩主の弟君)さんと呼ぶ通常、目の地蔵さんとして知られる(この人は眼病で逝くなったそうだ)のすぐ左手に苔蒸した墓に「森長見先生墓」と彫まれてあり、横に寛政六年十一月二十六日・年53才歿。 なお、この碑文は、白方村の儒学者・三谷景信擇之とある。
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