ちらし寿司多度津町立資料館分館絵はがき


全国道中図集
    
古地図に描かれた多度津
最終更新 2013/11/29

 古地図資料出版というところで復刻・刊行された「全国道中図集」というものを入手しました.
 これは,特に旅案内というものではないのでしょうが,日本全図を表して,国名や大名,江戸からの距離などを記したもので,江戸期の古地図から明治の鉄道路線図まで8図が集められています.古地図の中で,讃岐や多度津がどのように描かれているかが分かり,おもしろいものです.
 ここには,多度津や四国を中心とする部分を切り出して表示しました.


元禄日本全国図(日本海山潮陸図) 元禄4年(相模屋版)




 この地図には多度津がありませんが,丸亀は京極備中守六万三千石とあります.
 観音寺,川之江などの地名があり,屋島は八島と書かれています.


享保日本全国図 享保年代

 ここにも多度津は見えません.丸亀は円亀となっています.屏風というのは今の屏風ヶ浦ですね.
ヤクリ(八栗),シト(志度)があります.

 地図の周辺には,国名別に藩名,藩主名,石高が表されており,丸亀藩は京極縫殿高或(若狭守)六万三千石,同記内高昌一万石とあります.これが多度津藩初代藩主壱岐守高通のことでしょうか.


宝暦大名一覧

ここにある京極内膳は初代藩主高通の幼名です.多度津藩ではなく,丸亀新田となっています.
しかし,宝暦7年には三代高文ですから少し変ですね.


日本行程大絵図 安政4年(竹原版)


 やっと多度津藩が出てきました.京極壱岐守多度郡一万石,江戸より百八十五里半とあります.周りの赤札は八十八カ所遍路寺で77番道骼宸ェありますが,丸亀より一里の行程が示されています.
「さぬきふじ」「こんぴら」などが読み取れます.


大日本全国図 文久4年 (東都笑寿屋版)


これは少し見づらいですね.文字が切れていたりしていますが,
タト(多度津),イヤタ(弥谷),ハコ岬(箱岬)などが読み取れます。


明治道中大絵図  明治12年 (春田版)




明治道中細見絵図 明治14年 (平野版)


明治に入ってまだ,旧京極従五位一万石と表示されています.東京から百八十五里半.ひや谷と書かれていますね.



鐵道線路全図 明治24年 (鉄道庁版)


 多度津は四国鉄道発祥の地.明治22年に丸亀−多度津−琴平間15.5kmが開通しました.明治24年に,四国の鉄道は,この讃岐鉄道と松山にあるだけでした.山陽線だって,まだ尾道までしか来ておらず,三原以西は工事中です.

停車駅は丸亀,多度津,上吉田(後の善通寺),琴平の4駅


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