第三目 その他
 1 香川県立桃陵公園のはじまり

 昔は、この公園一帯の地は「桃山」または、桃山公園と呼ばれていて、多度津のお殿様の別荘もあった処である。山上からの眺めは、天下一品の稱がある。波静かな瀬戸内の風景は、実に一幅のパノラマを見るようである。

   天人の 舞える姿や 瀬戸の海    徳富蘆花先生

 瀬戸内海は、天人が舞っているようだと、詠まれて、素人ながら心にくい作と思う。この一望の裡に身も心も、いつしか安らぎさえ感ぜしめる。
 
 昔の桃山が、県立公園に指定されるまでには、矢張り、公園としての施設全般について改善、改良、開発も必要だし、又、政治面に於いても大いに関係がある。昔の「桃山」時代には、桃の花が終ると、もう訪れる人も疎らとなって、まことに淋しいものであった。
 これを開発して、県立桃陵公園に編入させたのは、今井浩三さんという町長さんで、昭和5年9月から2ヶ月に亘って、毎日、善通寺師団の工兵隊から何百人もの兵隊さんが出動して、爆破演習の名目で、公園登山道の大岩を切取って道をつけることに、この町長さんは、交渉に成功したのである。
 翌6年には山上ドライブウェーも開通し、同年6月21日には、全国小学生に呼びかけて、嘗ては国定教科書にも搭載された有名な「一太郎やーい」の銅像を建てた。
 (註・この銅像は、戰争中、強制供出で取り去り、今のは、コンクリト造にブロンズしたもの)
 また一方、全山に「桜」数千本を植え、見晴らしに展望台を設けたり、子供遊園地、動物の飼育なども完成し、名前を「桃陵公園」と稱した。今は全山これ桜!桜で、4月の満開頃には毎日2・3万人の人出で、大混雑をする。
 昭和22年8月、この公園は、町民待望の、県立公園に指定され、この年の秋、山上で、香川県下の獅子舞大会が開催された。
 昭和45年春、子供遊び場の拡張、施設の充実と、相俟って、県下一、桜の名所となった。
この功労者、今井町長さんは、生前、町民の手によって公園入口広場に等身大の銅像が建てられている。

今井浩三翁銅像(昭和28年建立)


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