8 琴平参宮電車の開通
 
 多度津の港へ船で来て、さぬき金比羅さんへ、お詣りする人を輸送する多度津から琴平へ直通電車が、大正13年10月9日、琴平参宮電鉄KKによって、琴平から、多度津鶴橋まで初めて開通し、翌14年2月26日には多度津桃陵公園山麓のトンネルが開通したので、更に路線延長により、東浜の桃陵公園口に、多度津鶴橋駅を開設し、通常日は30分間隔の運転となり、旅客、沿線の人々から重宝がられていた。
 從って終点でもあり、始発駅でもあったこの東浜附近は、当時としては珍らしい洋風駅舎が町の真中にあって、相当町は賑っていた。その後、高松―琴平間にも電車が走るようになり、客も次第に減り、從来の複線を単線にした。(昭和28年4月25日)
 更に時代の推移には抗し難く、同社はバス路線運転に切りかえ、昭和38年9月15日、花電車を走らせ「蛍の光」のバンドに送られて、ここに多度津の町から電車は姿を消したのである。
尚、次の二首は、当町住の歌人、村井敏氏の詠まれたものである。

   永らくの 御乗車謝すと幕はれる 花の電車に吾れは乗りたり
 
   廃止さる 花の電車に乗りながら 目に沁みもゆる曼珠沙華なり


琴平参宮電鉄 多度津駅


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