第二項 小地名のおこり 第一目 町村名 1 多度津町の町名のはじまり |
多度津という名前については、大昔、大化の改新(646年)のとき、諸国に國司(香川県では、坂出市府中町)がおかれ、また「駅停」と言って、その当時、役人が往来する道々に、馬や、宿のことを司る仕事をする処が出来て、この地方では、現在多度津の四箇にある永井にこの駅停があって、「海路、多度津に出ず」と、この時、すでに多度津という小さい部落があったと思われる。 そして、まだ多度津には築港が出来ていない時のことで、古い本には、堀江の浦か、もすこし東へ寄った丈六辺の海岸から舟に乗って往来したのであろうか。 多度は多渡(たど)に通じ、また津は「渡し」「渡し場」の意であることが結びついて出来たものでなかろうか。 そして早くもこの当時から多度津と呼ばれていたようである。 藩政時代に至っては、多度津村と呼ばれていたが、明治23年3月に町制をしいて、多度津町となり、爾来・豊原村・四箇村・白方村・高見島村・佐柳島村を合併して、從来通り、多度津町と言って現在に到っている。 |
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