6 弘浜書院
 
 堀江弘浜八幡宮の前を流れる小川のすぐそばに、草葺き、門構えの一寸民家とは異なった風な一軒の家が弘浜書院である。
(註)現在は、草葺屋根にはトタンを上から張り付け、内部は大改造して、私の知る昔の面影は全くない。強いて言えば弘浜書院の趾とでもいうほうが適切である。
 昔、多度津のお殿さまは、代々学問に力を入れられていたことは、町内若宮に集読館(現在の図書館に同じ)や遠く財田上ノ村に藩学校を開いて士族の子弟やその他の人々の教育に努めていたことでも明かである。
 この堀江の弘浜書院も、向学に燃える士族の子弟をここに集めて、教育した処である。廃藩後は士族山地東六さんという人が住み、私の小さい頃はよくこの家へ遊びに行ったものである。
 式台の高い、一見武家屋敷のように考えられる。多くの書棚などあった。
その殆どが子供には判らない漢文の本が積まれていた記憶がある。
世代も変り、住む人も変り、書物などどうなったことか、知る由もない。
只、ここでは多度津藩の奨学の一端と、堀江にこの弘浜書院なるものがあったことを記しておく。

   
  弘浜書院(堀江にあった)(グラフたどつ)

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